うまれた、という感覚はなくて
 気がついたら自分はここに在った
 それでも
 私は彼からうまれたのだ、ということは
 その瞬間 すぐにわかった





き こ え る か い





「おまえ、なに」


 ちいさな唇は、怯えるでもなく言葉を紡いだ。
 黒い瞳に映る驚きと好奇心の色に、訳もなく気分が高揚するのを感じる。


「なんだろうな」


 声はかすかに震えた。
 なんだと思う、と問うと、少年は首を傾げた。


「わからない。見たことないよ、おまえみたいなの」


 かわいらしく指をさして「その頭ほんもの?」と訊くから、「本物だよ」と答えた。
 なおも興味深そうに見ているのでにこりと笑ってやると、とてとてと水面に近寄ってくる。少し躊躇う様子を見せてから、遠慮がちに触れてきた。


「つめたいね」
「ああ」
「これ、うろこ?」
「そうだよ」


 異形の部分をぺとぺと触るちいさな掌。


 ああ、私はこの熱を待っていた。


 しばらくすると満足したのか手を下ろし、草の上に座りこむ。
 高貴そうな装束が汚れるのも気にかけないさまはいかにも子供らしく、ほほえましい。


「わたしは厩戸皇子だよ。おまえは?」


 私の名はおまえの中に在る。
 そう言うと、わからないのか不思議そうな顔をする。


「おまえがつけてくれ」


 言い直してやると理解したようで、嬉しそうに頷いた。
 腕を組み、真剣に悩みはじめる。


「オリエント……いや、ギルガメッシュ……」


 およそ名を考えているとは思えない奇抜な単語に、少し苦笑する。
 こんな彼でなければ、私がうまれることもなかったのだろう。
 そう考えると、笑みが含む意味も変わった。


「よし、きめた!」


 ひときわ大きな声で言い放ち、皇子は勢いよく顔を上げた。




「おまえの名は、フィッシュ竹中だよ」




 目を輝かせ、その、名を。



「フィッシュ竹中、か」
「うん。……気に、いらなかった?」
「いや、いい名だよ」


 ありがとう、と呟くと、くすぐったそうに笑う。



 本当は名なんてどうでもいいんだ。
 あなたに呼ばれるのなら、どんな呪詛の言葉だってかまわない。あなたが与えるものなら、私はなんだって喜んで受け入れよう。あなたが欲するものなら、この身を削ってでも差し出そう。あなたのすべてを取りこぼしはしない、そう誓おう。
 それは私の使命であり、願い。



「ねえ、それで竹中さんはなんなの?」


 皇子はまた尋ねた。
 私は少し彼に近づき、口を開く。




「私は、おまえの望み」




「のぞみ?」
「ああ」


 やはりわからないのだろう、きょとんとしている。
 それでいい。今はわからなくても、たとえ一生わからなくても、それでいい。
 私が在ることが、私があなたに求められることの唯一の証明だから。


「よくわからない」


 けど、と皇子は続け、まっすぐ私を見た。



「おまえは、わたしのそばにいてくれるのか?」



 泣きそうになった。
 泣きそうになりながら、私もまっすぐ彼を見た。



「いるよ」




 あなたが望むのなら、永遠にでも。






(song by syrup16g)