「で、」




 これは一体どういう状況なんですか、とため息まじりに問うた。
 草の上に伏し、今にもひきつけを起こしそうにげほげほと咳き込む太子の背を撫でさすりながら、竹中さんはばつが悪そうに前髪から落ちる水滴を目で追う。


「まあ、なんと云うかその」
「げほっげほげほげほ」
「なんと云うか?」
「うぇっほ、げほウオ゛エ゛ェッ」
「言ってしまえば太子の自業自得なんだが、私にも責任の一端がないとも言い切れなくて」
「オゲッフゲフンゲフン死っゲフン死ぬっゲフンゲフン」
「はっきりしてください。あと太子が死にそうです」


 むせすぎて気管がひゅうひゅう鳴り出している。しっかりしろ、と竹中さんが呼吸を落ちつかせようと背中を叩くが、焼け石に水だ。仕方がないので、しばし僕も一緒になって太子の介抱にまわる。


 しばらくしてやっと話せる状態になった太子は、犬のようにぶるぶると頭を振って水気を飛ばした。本当に濡れた犬みたいな臭いがする。


「で?」


 二人を正座させてその前に仁王立ちし、尋問再開。


「一体なんなんですか、新しい遊びですか? 僕が通りかからなかったらどうなってたと思ってるんですかまったく」
「やがて海へと注いでた」
「どんだけ流れに抗わないんだあんたら! 大体竹中さん、あなたがいながらなんでこんなことになってるんですか」
「いや、それがさイナフ」


 言いよどむ異形の彼に僕が怪訝な視線を投げると、「私が竹中さんを助けようとしたんだよ」と太子が横から口を出した。
 ……太子が、竹中さんを? あ、逆に?


「竹中さんが溺れてたからさあ、こりゃ大変だと思って」
「溺れてなんかないよ。思ったより深かっただけだ」
「はいはい。とりあえず木の葉のように流れに翻弄されてたから、ミスターヒロイズム聖徳太子が勇敢にもまだ冷たい川にダイブしたわけだよ」


 それで自分が溺死しかけてたら世話ないだろう、と竹中さんがちいさく呟くが、傍から言わせてもらえばどっちもどっちだ。僕が発見したときには、岩にしがみつく竹中さんのトレーナーを必死の形相で握りしめた太子が後頭部の魚に顔をびたんびたん叩かれている、と云うある意味地獄絵図だった。近くの小屋にあったロープで僕が迅速な救助活動に当たったおかげで、二人とも事なきを得たのである。
 はあ、と今度は大きくため息をつく。気合を入れるように同じだけの空気を吸い込んでから、固めた拳を順番に振り下ろした。




「なにやってんだいい大人が!」
「あいてっ」
「痛っ」




 摂政に向かってなにを、と面白い顔で怒る太子を黙殺。神妙な顔で頭をさする竹中さんにこっそり笑いをこぼし、そのままくるりと身を翻した。



「あれ」
「イナフ、どこへ?」



 数歩行って立ち止まり、肩越しにちらりと振り向く。びしょ濡れの黒い頭と金(+魚)の頭が並んでいるのを確認し、



「薪を拾ってきます。二人ともそのままじゃ風邪引きますよ」



 思いっきりやれやれ、と云う声音でそう言ってやる。
 あ、ありがとう、と虚をつかれたように口々に述べられる礼の言葉には答えず、早足に木立のほうへと足を進めた。まったく、手のかかる。






「……なあ、太子」
「ん?」
「イナフって、なんか」
「ああ」




「「お母さんみたいだよね」」





 聞こえてるっての、問題児どもが。







時には母のない子のように