だんだんと紫紺に暮れてゆく空には、既に焦りよりも諦めを感じた。 道程を読み誤ってしまった。自分があの頃より若くはないことなど重々承知していたはずなのに、肝心の衰えの程度を把握していなかったのだ。足取りはひどく重い。あの頃ならばへばった師を引きずってでもあと二、三里は行けたはず、とぼんやり思い、甲斐のないことだと自嘲する。 町はまだ遠く、明かりさえ見えない。近辺には民家はおろか、狩小屋も地蔵堂も見当たらない。今宵は野宿か。日が落ちればまだ冷える季節ではあるが、凍死するほどではないだけマシだ。 (どこかに大木でもないだろうか) 木の洞にでも入ることができれば、だいぶ違うのだけれど。 薄闇の中、目をすがめて周囲を見渡す。視力はまだ変わりない。目つきが悪いと云われる、昔から少し近眼ぎみの。 果たして木はあった。しかし望んだようなものではなかった。 そうそう思い通りにいくものではないとわかっているから、特に落胆はしない。冷たい地べたに丸まって眠るよりはまだ、背を預ける幹があるだけで充分だ。 樹下に腰を下ろし、傍らに荷をほどく。峠の茶屋で買っておいた米団子は、冷えて硬くなってしまっていた。火でも焚いて炙って食おうか。しかし薪を集めるのが億劫で、手にした団子をまた鞄の奥へ押し込んだ。消耗はしているが、それは空腹によるものではない。それならば一晩眠って、明朝発つ前に食べたほうが明日一日の糧にもなろう。江戸を出て奥州から北陸、大垣までを行脚したあの長い旅路の途中、寝坊して宿での朝食を摂り損ねた師のせいで思うように行程が進まず、結果野宿となったことも幾度となくあった。俳諧はもちろんのこと、巡った各所の風土、史跡や寺院、その歴史などのほかにも多くを学んだ旅であったのだ。ひとり漂泊する今このときにも、あの日々は生きている。 (なんて、) 寒空の下、これから一夜を明かそうと云うこのときにそんなことを云ったって矛盾していて、皮肉か強がりとしか取れないかもしれないけれども。それでもやはり、自分は断言する。あの旅で、あのひとと過ごした日々で、自分は変わった。 鞄の中に畳んでしまってあった紙衾を身体に巻きつけ、とん、と木に寄りかかる。頭上に広がる枝はまだ葉を繁らせるには早いが、ちらほらと若芽は見えるようでもあった。その隙間から覗くのは、とうに夜。昏い空に横たわる薄雲とその向こうに霞む月は、まるで龍かなにかの影絵のようだ。目を、凝らす。 (星は見えない、か) ひとは死ぬと星になるのだと、そんなことを最初に云ったのは一体だれなのだろう。 もしそれが事実なのだとすれば、満天の星空などなんとおぞましいことか。なにしろ、幾億の死びとたちが天上から我々を見下ろしていることになるのだから。 とは云え、大きな戦や流行り病、飢饉のあとに星がどっと増えたなどと云う話も聞かぬ。流れて落ちる星の数より、死んでゆくひとの数のほうが多かろう。当然ながら単なるおとぎ話、もしくは、 (見ていて、ほしいんだ) 死して後も見守っていてくれたなら、そして、見えていてくれたなら。 ひとり置き去られ両の足を地に貼りつかせながら、それでもなお星を見上げるたびに泣きたくなるような安心感と寂しさを得ることができたならと、願ってやまぬのだ。手を伸ばしても決して届かない、触れられない、それでもただそこに、在ってくれたらと。 そんな身勝手な、それこそおとぎ話。 天を仰ぐのをやめ、顔をうつむけた。少々首が疲れた。防寒具の合わせ目から忍び込む夜風に、ぶるりと身震いする。やはりまだ寒さのこたえる頃だ。風邪など引かぬよう気をつけねば、明日こそは行程に差し障りがあっては困る。 明日も、明後日も、そのあとも、まだまだ旅は続く。終わらせなどするものか、と、奥歯を噛む。 旅が、漂泊の日々こそが、あなたと僕のすべて。そうでしょう、芭蕉さん。 明日のためにもう眠ろうと、まぶたを閉じた。下を、向いたまま。 星のない夜にあなたは見えない |