「あ」






 川沿いの道、ゆらめくは











彼 岸 花












「そうか、そんな季節だな、もう」
「綺麗だねえ」
「おい牛若、摘むな。火事になるとかいうだろう」
「そんなの知ってるんだ。結構迷信深いんだね」
「昔の人の言うことは聞くものだ」
「昔の人なんて知ったこっちゃないよ」
「おい」
「でも、弁慶が言うから、やめとく」







 しゃがみこんだ少年は、伸ばしかけた手を引っこめて
 笑う







「おまえ、知ってて摘もうとしただろ」
「あはは」
「笑ってごまかすな」
「だってさ、ないじゃない」
「何が」
「燃えて困るものなんか、何もさ」
「……牛若」
「なんてね」







 白日の空
 かすめる西風
 花は







「ねえ弁慶」
「何だ」
「どうして、火事になるっていうんだろ」
「さあな。どうせあれだろ、色から炎連想したとか」
「この朱?」
「迷信なんて大体そんなものだ」
「僕には血に見えるけどなあ、この朱」
「それはまあ、人それぞれなんじゃないか」
「……ふふ」
「? 何笑ってるんだ」
「おまえらしいなあ、と思って」
「……変な奴」







 くしゃりと頭を撫でる、大きな手
 仔猫のように、少年は嬉しげに







「なあ、牛若」
「なにさ」
「俺がもし、」
「もし?」







 その目は何処か、遠く







「いや、何でもない」







「行こうか」
「ああ」







 川沿いの道、影はふたつ
 ちいさな手が、大きな手を握る







「させないよ」
「え?」
「そんな約束、させない」







 ちいさな手は、大きな手を強くつよく
 震えるほどに







「そう、か」







 大きな手が握りかえす







「弁慶」
「何だ」
「肩車してよ」
「嫌だ」
「ケチ」







 白日の空
 かすめる西風
 花は揺れる、朱く









 行き先は、ぼくらも知らない