白日―the daylight







 水深は膝を少し越す程度、流れは緩やかで、足の裏には川底の小石の感触。水温はどうだろう、ぬるいようにも非道く冷たいようにも思える。辺りは霧がかったように白く濁っている。
 頭も足もやけに重く、動きたくもなかったが、兎にも角にも行かねばなるまい。



 愛しい人の、呼ぶ声がしたのだ。







「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、まさかここまでとは」


 普段の三倍増しで恐ろしい面相をした中禅寺が苦々しげに吐き捨てた。鋭く、それでいて蔑むような視線は、榎木津の顔と云うよりはその頭に巻かれた包帯に向けられている。


「車と人間が喧嘩すると、やっぱり人間が負けるんだなあ」
「当然だ、この痴れ者が」


 首も痛めている榎木津は、ぎこちない所作で傍らの中禅寺を見やる。
 和装の彼が背負う病室の窓からは、真昼の陽光があたかも光背のように射している。白く縁どられた輪郭をもつその姿は、眩しくてよく見えない。
 目を細めながら口を開く。


「呼んで、くれたな」


 目の下にくっきりと隈を落とした中禅寺は、さあ、と短く答えた。眠っていないのだろう、恐らくは満身創痍の自分が目を覚ますのを待って。


「聞こえてたよ。……ごめんな、中禅寺」
「謝るくらいならもっと気をつけてくれ」
「努力する」


 真面目くさった返事に、逆光の中で中禅寺が少し笑った。その光景の美しさに瞬間息を呑み、そして突然に理解する。







(川の、中に)
(呼ぶ声が)
(どこから?)







「榎さん?」







 ああ、ここも彼岸か。





 すべてを悟った榎木津は、静かに口元に笑みを浮かべた。
 窓ガラスの向こうで、白い空がちかりと光った。