殺しちゃったら良いんじゃあないか。 (は?) (なんだそれ) (なんだ今の) (一体全体僕ぁ、なんてことを考えて) (て、云うか) 「無理だろ」 それだけは声にした。そこだけは確実だった。 だって相手は神である。自称であるとは云え、体質的にも能力的にもいろいろと人間離れしているのは本当だから、周囲も呆れつつもなんとなく認めているのだ。綿密に計画を練っても凶器など用意すれば本人に視られてしまうのがオチだし、不意を打ったところで純粋に運動能力では敵うわけがない。 よしんばうまくいったとして、万が一にも神を殺害し得たとして、そのあとどうする?警察や、御大層な実家や、彼の恐ろしい友人たちから、どうやって逃げおおせると云うのだ? ……無理だ。特に最後。 ああ、そもそもこんなことを考えていると知れただけでどうなることか。大笑いされて馬鹿にされるくらいなら構わないけれど、足蹴にされるのは嫌だなァ。あの人、靴履いたまま蹴るんだもんなァ。 ソファの上に両膝を立てて座り、はあ、とうなだれる。今事務所にいるのは自分ひとりだ。こんな女々しい情けない姿も、誰にも見られることはない。まあ見られたところでいつものことか、とぼんやり思う自分が、更に情けないところなのだが。 最近どうにも宜しくない。押しかけ助手としてここにやって来た当初とはまた違った戸惑いが、頭の中に充満している。 頭。違うな、胸か。 だとしたらばそれはきっと、あの奇人ではなくむしろ自分の側に起因しているものだ。やれマスカマだカマオロカだと蔑まれつつも、めげることなく探偵のもとで、彼の近くで働きつづけたのが裏目に出た。否、なるべくしてそうなったのかも知れない。はたまた、最初から自分がそれを望んでいたのかも。 膝小僧に額をこすりつけ、再度ため息をつく。今まで関わってきたいくつかの事件、それにまつわる人々。それぞれに違った考えや信条を持ち、それぞれに違った世界に生きている。そのひとつひとつを理解し尽くそうなどと云うのは傲慢で、別の次元に在るものに手を伸ばしたところでそれは雲を掴むような甲斐のない作業だ。常々そう痛感させられている。ましてや今など、自分自身の世界にすら見慣れぬ風景が広がっているのだ。迷う、惑う、足が竦む。砂漠の真ん中で途方に暮れているような気分だ。なにもできない、どうしようもない。 そんなことを夢想するうちに喉が渇いてきて、苦笑しながら台所へ足を向けた。綺麗に磨かれているグラスをひとつ取り、蛇口をひねる。飲用には向かないカルキ臭い水を飲み干して、和寅さんが買い物から帰ってきたらコーヒーを淹れてもらおう、と思った。とびきり苦い、目の覚めるようなやつを。 (ばかだなあ) (これが夢や気の迷いなんかじゃないなんて、とっくに気づいているくせに) いっそのこと(あなたを、) |