か ら ま る 蔦









 整然とした、と云えば聞こえはいいが要するに殺風景な部屋の中央、膝を抱えるセーラー服はまるでコラージュしたように不自然だった。帰宅した部屋の主に気づいて顔を上げ、おかえりなさい、と声をかける。



「……どうして、ここに」



 やっとのことでそれだけ絞り出す。
 少女はへらりと笑い、突っ立ったままの木場を手招いた。つられたわけではないが、阿呆のように立ち尽くしていても詮方ないので室内に足を踏み入れる。


「今日はなにか事件あった?」
「いや、今日は」
「なかったんだ。お茶飲む?」
「あ、あのなあ!」


 飄々と言を継ぐ少女に、木場は思い出したように声を荒げた。バタ臭い仕草で首をすくめた少女は、折りたたんでいた脚をだらしなく投げ出す。黒いタイツに覆われたそれは、素肌よりもかえって扇情的だ。


 ──何を。


 二十近くも歳の離れた小娘に女を感じたことを忌々しく思う。手など出したらそれこそ犯罪だし、そもそもそんな対象にもならない子供だと云うのに。



「とにかく」



 内心の動揺を誤魔化すように、わざと興味なさげに鼻息を吐いた。帰れよ、と云うと、云った方も云われた方もしばし沈黙する。
 木場は背広の内ポケットを探り、ひしゃげた煙草の箱を取り出す。最後の一本をくわえ、マッチを擦る。



「帰れ、なんて」



 ぽつりと少女が云った。



「よくそんなこと云えるね。私んちの状況知ってるでしょ、木場さん」
「警察の仕事じゃねえだろう」
「わかってるよそれくらい」



 そうじゃなくて、と首を振る。辛い煙の向こう、幼い顔が霞む。





「私は木場さんに助けてほしいんだよ」





 淡々と発せられた言葉は澱んだ空気にまぎれた。
 この少女は自分の持つ“刑事”と云う肩書きではなく、“木場修太郎”個人を頼っている。
 そう思って、木場はなんだかおかしくなった。


 そんなものは買いかぶりだ。



「嬢ちゃん、悪ィがそこまでやる義理ァねえよ」


 他をあたれよ、と云って不味そうに煙を吐く。失望したような表情が見え、やっぱり子供だ、と思う。
 少女は何か言いたげに口を開き、あきらめたようにまたつぐんだ。静かに立ち上がり、傍らにあった学生鞄を拾う。



「木場さん」
「あ?」



 戸のところで足を止めた少女が呟いた。長い黒髪を揺らし、肩越しに軽く振り返る。



「私の名前、覚えてる?」
「……さあな」
「そか」



 みじかく云うと、異質だったセーラー服はようやく不釣り合いな空間からその姿を消した。残されたのはいつも通りの、殺風景な部屋のみ。





「馬ッ鹿野郎」





 俯いて罵る。
 呑まれてしまった。よりによって最後の最後に、答え方など他にいくらでもあっただろうに。何も、あんな。







 脳裏に浮かんだその名は、多分彼女の思惑通り、なかなか木場の頭から離れることはなかった。