高架を走る電車から見える景色は毎日代わり映えしなくて、うんざりしてドアにもたれた。
 目を閉じる。
 絶えずヘッドホンから流れるのは、彼女の歌声。



『なんだそのガーデニングは おかしなことになっているぞ――』



 正直、歌はうまくはない。曲だって意味がわからないし、さすがにこれは売れないだろうと思う。こんなものが売れる社会は病んでいる。この国はまだ、そこまではいっていないらしい。


「やらない方がましだ、やらない方がましだ――」


 ちいさく口ずさむ。頭の中に響く彼女の声に、自分の声が重なる。


 声はいい。可愛らしくて癒されて、でもどこか強い意志を感じさせるような。凛としてしなやかで、それでいて儚さも持ち合わせていたりして。歌っている内容さえ気にしなければ、いつまでも聴いていたくなる。
 ただそれはマネージャーとしての贔屓目だとか、ましてや業界人として彼女のそこに惚れ込んでいるとかでは全然なくて。むしろもっと、個人的な。




 結局、好きなんだと思う。一人の男として、あの女の子のことが。




 だからこうして今彼女の歌声を聴いているのは世界中で自分一人だけでいいし、それが誇らしい。単純に嬉しい。
 アイドルになりたいという彼女の夢を応援してあげたいのも本当だけれど、このまま売れずにいてほしいと願う自分がいるのも事実だ。誰にも知られないまま、最高に美しい原石のまま、ずっと手の届く場所に。



(なんだかなー)



 ひどい奴かな僕は、と笑う。
 目を開けると、電車はスピードを落としてホームに滑り込むところだった。ドアから背を浮かせ、足元に置いた鞄を拾う。
 今日もきっと、二人ぼっちのサイン会だ。



「さてサキちゃん、今日も頑張ろうね」



 ホームに右足乗せて呟いて。
 左足乗せてMDストップ。


 ドアは背後で慌ただしく閉まり、頭の中には彼女の歌声のリフレインだけが残った。





(マネサキ)