「中禅寺、火」
「ん」


 細い指先がマッチを擦る。薄闇の中、くわえた紙巻煙草の先にぼうと火が灯る。
 ことさらゆっくりと紫煙を吐き出し、榎木津は目を伏せた。長い睫毛が白磁の頬に影を落とす。


 敗戦後の混乱の中、久方ぶりに会ったこの男は学生時代と寸分違わぬへらへらした笑みを浮かべていた。軍隊では剃刀将校として随分鳴らしはしたようだが、やはりどこにあっても榎木津は榎木津であるらしい。彼が変わらずに再び目の前に現れたことはある意味当然で、ある意味驚きだった。


「目をやられたのか」
「ん、ああ、少しな」


 顔を上げた榎木津は、目をすがめるようにして中禅寺の肩の後ろ辺りを見る。
 いや、視ているのか。



「それは、」



 僕か、僕だな、と呟く。そうかあのとき来ていたんだな、と笑い、煙草を燻らせた。
 中禅寺も袂から取り出した両切りをくわえ、火をつける。


 榎木津が視たのはきっと、出征の日の後ろ姿だ。振り返りもしなかったあの背は、今でも脳裏に焼きついている。




「あんたは、生きていないような気がしてた」




 なんとなくだけれど。
 あの日、これで最後だと直感的に思った。



「なんだ、失礼な奴だな」
「当てが外れましたね」
「嬉しいんだろ」


 わははは僕は生きているぞッと大声で云い、濡れ羽色の頭をわしわしと撫でる。
 中禅寺はされるがままに俯き、目を閉じて煙を吐いた。




 また会えて、よかった。





(復員直後榎京)