さあ、世界よ終われ。 雨はけぶるようにしめやかに降り、間断なく流れる遠慮がちなノイズは異国の聖歌を真似た。滅多に着ることのない婉麗な朝衣はどこかの国からの献上品で、湿った空気を吸ってはその重みを増してゆく。 「竹中さん」 この部屋は広いが、窓はひとつしかない。その窓辺に佇む彼の名を呼ぶ。スローモーションのように振り向く動作が、鱗の反射する光や金糸のやわらかさを際立たせる。 なんだ、と言うから、呼んだだけだよと言葉を返した。少し目を細め、彼が頷く。 私の表情は恐らくあちらからは見えないだろう。明るい方から暗い方を見るのはひどく難しいことだ。たとえそれが、ほんのわずかな差異であったとしても。 私は片膝を立てて壁にもたれ、ある光景を思い出す。それはいつかのどこかの――時間や場所など大した意味をもたない、あれは、そう――私と彼。私は彼に依存し、彼は私に起因し、二人きりで世界は永続的に広がりそして完結した。彼に触れる水や風や日差し、すべての事物が心底疎ましく心底いとおしく、互いに許されざる心情を吐露することで許されるような錯覚を覚えた。ひたすらに、二人だった。 回想は甘やかで、私は瞬間的に記憶の中の罪に溺れた。贖えぬそれは真綿のように、目前に横たわる現在をくるんでゆく。ここにあるのは永遠か。 「太子」 妄念を引き裂くのはしずかな呼び声。 いつもの笑みが、私にはちゃんと見える。 行き先を知るのは、いつだって彼の方だ。 「なに」 あの頃の思いにほんの少しの戦慄を乗せ、私は言った。 呼んだだけだよ、と彼は言うのだろう。そしてまた、笑って。 砂上の楼閣(太魚) |