夜が怖かった。
 闇はどこまでも膨張して世界を呑み込んで、その中にいる私までも取り込んでしまうのだと思った。既に闇の一部となった私にとって白々とした夜明けは自我の拡散にすぎず、自分というものはだんだん薄れていってやがて粒子となって大気に溶けてしまうのだと、
 だから私は、朝も怖かった。
 めまぐるしく変化するすべてに怯え、惑い、切望した。




「わあ、見てくださいよベルさん」


 助手の声に顔を上げると、カーテンのない窓の向こうではすっかり日が暮れていた。
 ガラスにはりつく彼に手招きされ、のろのろと近づく。窓に映る疲れた男の顔から目を背け、うつむき加減に問うた。


「一体なんだいワトソンくん」
「すごいですよ、星。雨が降ったからですかね」
「星?」


 ワトソンくんは嬉しそうに窓を開け放した。ひんやりした空気が流れ込んでくる。
 空には漆黒の夜が広がっていて、砂金をこぼしたように無数の点が輝いている。
 しかしそれは。



「星なんか、ないよ」



「え?」
「私たちが見ているのは、ただの残像かもしれないよ」


 死んだ星の最後の瞬きでさえ、地上へ届くには何億年もかかる。
 私がそう言うと、ワトソンくんは笑った。


「いいじゃないですか」



「それでも、僕たちが今ここでその輝きを見ているのには変わりありません」




 今ここで。
 ああ、あるものは在るのか。




 星の美しい夜に、私は多分はじめて明日を願った。





ライクアスター、ライクアスター(ワトベル)