「行け」
「っでも」
「いいから! 行け!」


 どんっと背を押され、つんのめる勢いで僕は足を踏み出す。一歩踏み込めば、すぐに次の一歩が待っている。転げるように駆け出した。振り返る余裕は、なかった。



「はあ、はあ、は……」



 自分の荒い呼吸が耳元で鳴っている。
 追手はいるのか。矢は飛んでくるか。わからない。わからないまま、足の裏が必死で地を蹴る。全力で。逃げる。違う。生き延びる。「行け」と、「生け」と言った彼を置き去りに、遠ざかってゆく。



「っくそ、ちくしょう、ちくしょう……」



 呪うのは自分の弱さ。共に戦うことすら許されず、ひとり逃がされる自分の無力さ。
 主君とその従者だから、と云えばそれまでで、僕のために命を賭すのは彼にとって至極当然のことだ。それを僕が望まないと云うことも、知っていながら。




 弁慶は、笑っていた。



 前のめりになりながら見たその横顔はひどく好戦的で、それでいて寂しげで、なぜだかひどく幸せそうだった。死を覚悟した男の顔だ。
 どうしてあんな顔をさせてしまったのだろう。自分のために命を懸けさせるのではなく、どうして互いに命を預けて戦うことができなかったのか。対等でありたかった。共に、在りたかった。




 砂煙が舞う。小石を跳ね飛ばす。ひたすらに走った。走った。走った。生きるために。彼の覚悟に恥じないように。
 走りながら僕は叫んだ。残してきた彼に、別れすら告げられなかったかけがえのない彼に届けと。




「生きろ!」





live!(弁牛)