魚はシーツの海にも泳ぐ。むしろそこにこそ泳ぐ。波紋、視界、肌、白濁。夜明けの白。
 深く息を吐いてから萎えたものをずるりと抜き取ると、消耗しきっているはずの身体がびくんと震えた。顔を上げれば悩ましげな碧眼にぶつかる。恨めしげな、どこかすがるような。


「まだ足りません?」
「……冗談だろう」


 ふいと目をそらされ、少し苦笑する。
 そのまま横にうつぶせに倒れ込んだ。下敷きになった彼の手を引っぱり出し、指をからめて遊ぶ。つめたい。あんな行為の後だというのに。


「イナフ、シャワー」
「あとでいいじゃないですか、疲れたし」
「けど、中……」


 きもちわるい、と呟くので、ひどいなあと大袈裟に眉を寄せてみせてから指先に唇を寄せた。形のよい爪に舌を這わせ、丹念に輪郭をなぞる。尖らせた舌先に痛みが走るほど執拗にくりかえす。生ぬるい唾液は指の股を伝ってつうっと落ち、やがて気化してまた彼の熱を奪っていくのだろう。断片的な情報に関係の全容を見いだす。それは無機質かつ反射的な作業で、恐らくどこかで刷り込まれたものであるはずだ。
 乾きはじめた舌で、骨ばった指をてらてらと光らせるそれを舐め取った。そのままじっと顔を見る。察したか偶然か、どちらにせよ彼の方から仕掛けてくるキスはその拙さにこそ欲情するのだ。赤子が乳を吸うような舌遣いは万事において器用な彼らしくなくて、そこがいい。唇が離れた瞬間にみじかく息をつく音が聞こえると、訳もなくぞくりとした。


「竹中さん」
「ん」


 やわらかな髪は、指を通すそばからさらさらと逃げていってしまう。断片はここにもある。
 なにも残っていない手の中をぼんやり眺めながら、できるだけさりげなく言った。



「すきですよ」



 そっと視線を戻す。
 口元だけで笑む彼が痛々しい。


「やさしいな、イナフは」
「さあ」
「残酷なくらいだ」



 嘘はいらない、と続いたその言葉ばかりが、やけにはっきり耳に届いた。


(あなたはいつだって、全部背負った顔して僕を否定するんだ)





My Love's Sold(妹魚)