耳元で、轟、と風が鳴った。眩むような空、むせかえる緑。いのちあるものの、五月。



「なあ、知ってるか」


 唐突に口を開くのはいつものことで、子供らしい考えのなさというよりは彼の性格なのだろう。
 だから、「なんだ」と答えてやる。


「動物はさ、泣かないんだって」
「……それがどうかしたのか」
「悲しかったり嬉しかったり、感情が昂って涙を流すのはひとだけなんだって。ひとだけに許された行為なんだ」
「涙、」


 最後に涙を流したのはいつだったか。思い出せない。まるで別世界のことのようだ。
 前に立つ彼をちらりと見た。右巻きのつむじが見えた。こいつが泣かなくなったのはいつからだったか。


 はは、と乾いた声で笑い、絡繰じみた動作で首だけで振り向く。見上げる眼は、驚くほど澄んでいた。



「犬畜生と同じか」



 同意を求めないまま前に向き直り、血振りをした刀を鞘に収めた。草履の足先は血だまりに触れ、動かないものの脳天をこつんと蹴る。


「こら、おまえ」
「いいじゃないか。ひとじゃない、ものだよ、これは」


 紅く染まってゆく足袋が視界に入る。いのちの重みをこうして刻むのか。同じように汚してきた自分の手を見やればあっけないほどに綺麗で、生死など所詮は洗い流してしまえる程度のものなのだと。




「ああ、いい天気だね、弁慶」




 再び仰いだ空は発狂しそうな青で、俺はためらわず手を伸ばして牛若の両目を塞いだ。





pray(弁牛)