缶の底に貼りついたドロップを取ろうと机に叩きつけてたら、鬼男くんにうるさいと怒られた。


「だってこうしなきゃ取れないじゃん」
「だからって、人が仕事してる傍でよくそんな騒音立てられますね。やるなら外行って……あ、て云うかあんたも仕事中じゃねーか! なんでだろ、ナチュラルに忘れてたよ自分」
「俺は忘れてないよ? だからこそだな、こうして糖分を補給して集中力を」
「僕としてはそのガンガン云う音に集中力を削がれるんですが」


 鬼男くん結構神経質だからなあ、絶対胃に炎症あると思う。と云うわけで心優しい上司である俺はドロップをあきらめて、ケース入りのガムに手を伸ばした。粒を3つまとめて口に放り込む。
 そんなものばっかり食べてると虫歯になりますよ、と鬼男くんが眉をひそめる。


「平気だよ、ちゃんと歯磨きしてるし。俺のお口の恋人全否定しないでよほんとにもうこの子は」
「お口の恋人って言い方がなんかキモいよほんとにもうこいつは」


 口寂しいだけだったら煙草でもいいんだけどね、と言うと、閻魔庁内は禁煙です、と鬼男くんがしれっと言った。なんだよ全部だめじゃんかよもう。君がちゅーしてくれれば万事解決だよ、と言おうと思ったけど、どうせ汚物を見るような目を向けられるだろうからやめておいた。俺は学習する男だ。


「大体、大王は飴やらガムやらは異常に食べるくせに食事はきちんととらないじゃないですか。身体によくないですよ」
「えー、だってそもそも俺食事とかいらないし」
「最低限の肉体の存在は維持できても、健康でなければ閻魔としての業務はこなせないでしょう」


 なだめるような口調の鬼男くんに生返事をし、ガムを紙に吐き出す。
 飴やガムは好きだ。お腹にたまらないから。大体が俺は体内に取り込むと云う作業が苦手で、だから食事の時間はやたらと苦痛なのだ。おいしいものはそりゃ好きだけど、胃に収まってしまえば味や材料なんかは関係なくそれはもう異物なわけで、そうなるともう気持ち悪くて気持ち悪くてたまらなくなる。だからって吐くのも気持ち悪いし、全然食べなくても調子悪くなるし、どうしようもないよまったく。せめて生者だったらね、あきらめもつくんだけど。
 食べると云う行為に意味があった時分のことを思い返す。ああ、食事なんて大して覚えてるものでもないなあ。今でも舌の上にあるみたいに思い出せるのは、俺にとって最も意味があり、今もまだ消化不良でこの辺につかえてるようなあれだけだ。
 俺は丸めたガムのくずをゴミ箱に放り、隣の机で事務処理に没頭する鬼男くんに声をかけた。


「鬼男くんさ、俺の最後の食事知ってる?」
「最後のって、人間としての最後のって意味ですか?」
「ほかにどんな意味があるのさ」
「なんっか腹立つなおまえ……」


 知ったこっちゃありませんよそんなん、と鬼男くんはどうでもよさげにペンを走らせる。(そうだろうなあこれ言わないほうがいいんだろうなあこの子には関係ないことだし俺にだってどうでもいいことだし言ってどうなることでもないし言ったからどうこうでもないしでも、)



 俺は書類をめくる鬼男くんの尖った爪を見ながら、笑って言った。



「閻魔だよ」





(閻鬼) (閻魔大王は先代を喰って代替わりするって云う話)