少女は真夜中に街灯の陰に立つものではないし、その手に生首を抱えて愛おしげに撫でるものでもない。
 と云うことは、今夜の私は少女ではないのだ。




「アリス、叔父さんが心配するよ」
「平気よ、あのひと一度眠ったら起きないもの」
「アリス、明日もガッコウなんじゃないのかい」
「一日くらいサボったって構わないじゃない」
「アリス」


 その非常識な姿に似合わない常識的な言葉で私を咎めてから、チェシャ猫は押し黙った。無言のにんまり顔はなかなかに不気味で、でももう慣れているから特になにも思わない。
 日付はとうに変わっている頃だろう。大通りを走る自動車のライトは路地裏の私たちを照らすほどではない。明かりはもしかしたら最低限に少し届かないくらいで、ただでさえフードの奥にこの夜より暗い闇を持ったチェシャ猫の顔はよく見えない。見えないものは脳で補完。表情はどうせ変わらない。


「ねえチェシャ猫」
「なんだい」
「このまま、どっか行っちゃおうか」
「僕らのアリス、君が望むなら」


 おきまりの台詞に少し笑って、嘘だよ、と顎の下を撫でてやった。知ってるよ、と喉をぐるぐる鳴らしながら返される。なあんだ、知ってるのか。猫って賢い。



「嘘じゃなかったら、どうする?」



 何気なく尋ねてみる。猫はまだ喉を鳴らしつつ、僕はアリスと一緒に行くだけだよ、と言った。
 嬉しかった。




 少女は真夜中に街灯の陰に立つものではないし、その手に生首を抱えて愛おしげに撫でるものでもない。
 と云うことは今夜の私は少女ではないし、それなら夜が明けるまではどこへだって行けるのだ。





vice!(猫アリ)