「……子ちゃん、ねえ、亜莉子ちゃんてば!」
「あ、……え?」


 目の前にクラスメイトの女の子の顔がひょいっと現れて、私は瞬いた。


「もう、何回も呼んだのに」
「あ、ごめん……ぼんやりしてて……」
「うん、それは見たらわかる」


 そのぶんじゃ今日のテストもあんまりできなかったんじゃない? といたずらっぽく笑う少女に、はは、と乾いた笑いを返す。否定は、できない。


「まあ出来は置いといて、やっとテストも終わったことだしさ。ぱーっとカラオケでも行こうかってみんなで言ってたんだけど、亜莉子ちゃんも行かない?」


 しゃがんで机に顎を乗せている少女は、まるで生首のように見える。動いてしゃべる、生きている首。


「カラオケ、かあ……」
「うん、どうする?」
「うーん、行きたいけど……今日はやめとこうかな」


 昨日一夜漬けしたからもう眠くて眠くて、と言うと、あはは、そっかそっか、と少女の生首は笑って立ち上がった。身体が生えた、と一瞬思って、我ながらばかげている、と思う。首と身体はつながっている、これが常識。
 私は机の上のペンケースをバッグにしまい、ガガッと椅子を引いて立ち上がった。教卓の近くにはテストの打ち上げに行くのであろうクラスメイトたちが数名集まっていて、楽しそうにわいわいおしゃべりを交わしている。横を通るときに、「じゃあまた明日」と軽く声をかけた。


「あー亜莉子ちゃん、おやすみー」
「あはは、ばいばーい」
「テストお疲れー、また明日」
「今度は亜莉子ちゃんもおいでねっ」


 みんな屈託なく笑いかけてくる。私はなぜだか急に不安と居心地の悪さを覚えて、それを押し込めて笑って手を振った。
 教室の扉を開け、バッグを肩にかけて一歩踏み出す。終礼のあとの廊下は生徒たちで溢れていた。時折すれ違う見知った顔にバイバイ、と手を振り、階段を下りて昇降口へと向かう。下校する人波を縫うように歩く私は普段よりいくらか早足になっていて、それが余計に焦燥を駆り立てた。


「お帰り、亜莉子」
「ただいまっ」


 居間でテレビを観ていた祖母の声に投げつけるように返事をし、私は二階へ駆け上がった。もうだいぶ馴染んできた自室に飛び込み、後ろ手に扉を閉める。少し息が上がっている。最後のほうはほとんど走って帰ってきてしまった。あんな態度をとってしまって、おばあちゃん、変に思ったかな。
 でもそんなことも全部、ひとごとみたいに感じられる。全部、嘘みたい。



「おかえり、アリス」



 くぐもった声がした。
 ベッドの上に転がった生首。今度こそほんとうに、生きている首。
 私は手からバッグを滑り落とし、ベッドによじ登った。ぎし、とスプリングが軋む。



「ただいま、チェシャ猫」



 見慣れたにんまり顔を抱き上げ、灰色のフードの上から頭を撫でた。歪みを吸い上げられるときのそれじゃなく、胸の奥だけがじんわりあたたかくなってゆく。私の世界が、私を満たしてゆく。
 どうしたんだいアリス、と猫が言うから、なんでもないよ、と返した。





Call me Alice.(猫アリ)