赤いエナメルのパンプスがほしいな。リボンがついていて、ヒールは高めで8センチ。
 このあいだ古着屋さんで買った水鳥柄のロングスカートをワンピースにして、昔の女優さんみたいな太いベルトをして。頭はいつもみたいに高めのポニーテールでいい。面倒くさそうに後ろをついてくる彼には、惜しげもなくうなじをさらしてやろう。
 そんなばかみたいなことを考えながら歩く私はこんな夜にひとりで、砂だらけの素足がぺたぺたとアスファルトを踏んでいた。


 海はとてもきれいだった。波はざざーん、と打ち寄せ、私の足の裏をくすぐっては還っていった。
 星もたくさん出ていて、私はでたらめにそれらをつないでいくつも星座をつくった。あれはツナさん座、あれはランボちゃんの角座。あれは笑ったときの山本さん座で、それからそれから。



「あれは、煙草のけむり座」



 別にけんかをしたわけじゃない。私はなにも怒ってなんかいないし、彼に不満があるわけではない。おとこのこと云うものはきっとおんなのこにはわからないものをいろいろ抱えていて、逆もまた然り。だからすれ違うのもさみしい思いをするのも、きっと仕方のないことなのだ。
 私はまだ全然大人なんかじゃないけれども、おとといよりも昨日よりも今日は(そして明日はきっともっと)こどもではないから、それくらいは理解している。彼もまた、然り。


 携帯電話を海に捨ててしまおうと思った。私たちはそんなものでつながってるわけじゃない、となんだか悔しいような気分だったから。でもショートパンツのポケットからひっぱり出したそれには紙パックの紅茶のおまけのストラップがついていて、ゴミ箱に放り込まれる寸前だったそれを「いらないならハルにください」と彼にねだったときのことを思い出してしまった。どうせ最初から捨てられるわけなんかないのに(だってもったいないし、なければ困る)そんなことを思い出してしまうから、もっと悔しかった。


 ぱかり、と携帯を開く。日付が変わっていた。おうちからたくさん着信があった。学校の友達やツナさんや京子ちゃんからもあった。きっとお父さんが心配してあちこちに連絡したのだ。今から帰ったら怒られるかなあ、一週間くらい外出禁止にされちゃうかも。
 ぼんやりディスプレイを眺めていると、ライトが落ちて、白くなって、そのあと真っ黒になった。頭上から月明かりをうけて、ふてくされたような自分の表情が映りこんでいた。かわいくない顔。



 突然ぱっと画面が明るくなった。にぎやかなアニメーションと共に、マナーモードのそれが手の中で振動する。
 私は一度ぎゅうとくちびるを引き結び、それから通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。



「……はい」
『なにやってんだアホ女』
「アホ女じゃありません」



 知ってるよ、と云う声が、近くと遠くからきこえた。
 のろのろ進めていた足を止め、ゆっくりと振り向く。




「ハル」




 煙草のけむりがゆらり、と霞んで夜に溶けた。
 見知った影はそのままこっちへ歩いてきて、手間かけさせんじゃねーよアホ、と私の頭をべしっと叩いた。


「……痛いじゃないですか」
「るっせ。オラ、帰んぞ」
「……痛い、ですよう」
「……」
「ごくでら、さん」



 泣き出す私の肩を、きっと彼は意味もわからないままぎこちなく抱いたのだ。
(きっと次に彼と会うとき私は新しい赤いパンプスを履いているだろう、けれどこの夜のさみしさは細かい砂のように私の足にからみついたまま離れることはない)





Nude Rider(獄ハル)