雑踏。
 ここは夜の街だ。だから、昼の姿は偽物だ。今は昼の2時、街角は溢れる人でごった返す。でも、それは全部偽物。偽物の人々が行き交う、偽物の街。



「よォ」



 ぴたり、歩を止める。首筋に獣が息を吐きかける。覗く刃にも陽光は等しく降り注ぐが、死角か。



「久しぶりだな」
「だから、なんでおまえは堂々と来ねーんだよ。友達んち遊びに行って勝手口から入んねーだろ? んなことしたら、次からはちゃんとピンポン押して玄関から来なさいって友達の母ちゃんに怒られるだろ?」



 脱力系の軽口。常と変わらぬそれ、でも、神経はびりびりに張っている。張り詰めて切れそうに、刺さりそうに尖っている。
 獣は舌なめずる。ほんの数瞬の選択の先に、過たねば血の匂いが待っている。やれそこへ飛び込もうと、気が急いて仕方がない。



「いつまでそんな生ぬるいツラしてやがる。似合わねえんだよ。てめえの居場所はそこじゃねえ」
「そっちでもねーよ」
「ハッ、言いやがる」



 刃をあと少し、ほんのすこうし、鞘から出す。外気に触れれば渇く。渇けば血を欲して疼く。
 知ってか知らずか、やる気のない別の手がそれでも音もなく刃に伸びた。つウと指先でなぞれば、当たり前に皮膚は裂け鮮血が伝う。伝い、ぽたり、落ちる。振り向きもせず、知らん顔。
 何故だか知らぬが興醒めた。赤く汚れた手を払い、刀を収める。喰えない男だ。こうも執着する己も、ともすれば滑稽で。失望しないよう、目をすがめているのかも知れない。
 真昼の日が眩しかった。くるりと身を翻し、旧友を捨て置いて戻る。会うのはやはり、戦場が良い。こんなやる気のない街で行き会ったとて、奴はただのやる気のない輩でしかない。そう見えない状況で、逆境で対峙せねば。



「なァ、おい」



 足を止め、振りさけ見る。銀の髪。赤い指。
 雑踏はひどく遠く感ぜられた。





「おまえ、そのまんまじゃ俺が死んだら死ぬぞ」





 傍迷惑だよまったく、と呟き、男はぐしゃぐしゃの頭をさらにぐしゃぐしゃと掻いた。
 おれはそれ以上立ち止まらない。来た道を戻る。偽物の街にまぎれる。





 ああ、それが本望だと、おまえは知っているのだろうか。





鬼火(銀高)