雁字搦めの縄をほどき、重厚な閂を外して、渡された小さな鍵で錠前を開けると、ようやく扉が動いた。観音開きのそれはまるで開閉することなど勘定に入れずに作られているかのように重く、進み入る者をあからさまに拒んでいる。鍵をなくさないよう大事にしまい、片側の把手の金輪に両手を掛けて力任せに引くと、蝶番を軋ませながらゆっくりと開いた。太子に言われた通り、外から中が見えないように隙間から滑り込む。分厚い戸板は開くときと変わらぬ緩慢な速度で再び合わさった。 閉ざされた扉を背にし、堂内に視線を向ける。高い位置にある明かり取りの窓は一つを除いてすべて閉められているようで、辺りはひどく暗い。だんだんと目が慣れてくると、板張りの床と中央にそびえる太い柱が見て取れた。靴を履いたままだと気付き、慌ててその場に脱いで揃える。裸足で踏む床はひんやりとして、木目の感触が心地よい。さらに奥へ踏み入ると、異様な光景が目に飛び込んできた。 紙。紙。紙。おびただしい数の白い紙が、そこら中に散乱していた。床の上に積まれ並べられ、壁に貼られたその総数は百や二百ではきかない。僕は圧倒されて立ち竦む。 その中央に彼がいた。尾ひれがぴくりと動き、俯けていた顔を上げる。 「ああ、イナフ。来てくれたのか」 僕が言葉を失ったままでいると、彼は少し困ったように眉を寄せてから、がさがさと周りの紙を漁り出した。その中から何やら墨で書き付けられた一枚を拾い上げ、目を走らせる。 「『こっちに来て欲しいときは、おいでおいで』」 そう呟くと、片手を上げて手招く仕草をする。僕は吸い寄せられるように近くへ寄った。すぐ膝先にまで近付いた僕を見上げ、嬉しそうに微笑む。 「久しぶりだな。こんなところですまないけれど、座るといい」 「あ、いえ、はい」 促され、僕はその場に腰を下ろした。床の上は紙だらけで、どけなければ座れない。近くにあった一枚を手に取ると、そこには汚い字で『夕方に鳴くのはカラス』と書いてあった。沈む夕陽とカラスらしき絵が添えられている。 「これって」 「ああ、太子が書いてくれたんだ」 「これ全部ですか」 「うん」 私は字は読めるけれどあまり書けないんだ、と彼が言った。僕は改めて周囲を見渡す。散らばっている紙には皆、何かしら文字や絵が書かれている。目を凝らすと、壁際に白紙の束と墨と硯と筆が見えた。 「わからないことがだんだん増えていくんだ。だからこうやって確かめないと」 手の中の紙に目を落とし、いつも通りの落ち着いたやわらかな声で言う。そこには絶望感みたいなものはこれっぽっちも感じられなくて、僕は戸惑ってしまう。 ※web掲載用に修正済 |