冬よりは春が好きで、夜よりは朝が好きで、ひとりよりはふたりが好きだった。そんな僕らだった。







宣告・世界が終わるまで あと








 手の甲を押しつけた壁は冷たかった。握り込んでいる彼の手は、反対に火傷するように熱い。双方に半分ずつ侵食されてゆく僕の温度はその間を取らずに、率先して彼の方に馴染もうとしていた。
 息継ぎがもどかしい。酸素なんかじゃなく僕は彼で、彼は僕で生きればいいと、そんなばかみたいなことを思った。彼の舌は、さっき飲んでいたミルクティーの味だった。


「……ぃずみ、授業……」
「忘れましょうよ、今は」


 上履きの足の裏を不協和音ぎみのチャイムがなぞってゆく。頭上には飛行機の飛ぶ音が聞こえた。
 貯水タンクの陰、コンクリートの壁に彼を縫いつけながら、やわらかな輪郭をなぞってゆく。熱を奪い取るように咥内を蹂躙し、綺麗に並んだ歯列を確かめ、時折漏れる鼻にかかった声に眩暈を誘発される。抵抗されるかと若干危惧しつつ片手を解放すると、弛緩した彼の腕はずずっと壁を滑り落ち、なにかを求めるようにさまよってから僕のブレザーの裾を掴んだ。目の前が白くなるほどの幸福感に、彼の髪に空いた手を差し入れてますますキスが激しくなる。


「んっ……も、しつこ……っ」


 首を振って逃れた彼の瞳が熱に潤んでいる。互いに反応を示しはじめた部位をぐいと密着させれば、火照った頬がさらに赤みを増した。


「お前、変なもん当てんな……ッ」
「おや、あなたのも当たっていますが?」
「気のせいだ。離れろ」


 離れろと言うわりには手はしっかりとブレザーを握ったままだ。くすりと笑みを零し、シャツを着崩されて覗く首元に唇を寄せた。ちゅ、と音を立てて吸えば面白いように跳ねる肩が、たまらなく愛おしい。


「やめ、ダメだって……うぁ、古泉……」
「そんな可愛い声で呼ばれたら止まりませんよ」


 可愛くねえ、とその台詞だけが妙に力が入っていて笑ってしまった。「耳元で笑うな!」と叱りつける声にもどうにも余裕がない。


「可愛い、すごく」


 耳朶をねぶりながら鼓膜に直接吹き込む。うあ、と声を漏らして身をよじる姿に征服感を覚えながら、シャツのボタンを下から3つだけ外す。広くなった隙間から手を忍び込ませて肌に這わせると、まるで彼と云う存在の核に触れているような気がした。易々と侵入に成功した手を胸の飾りの辺りで遊ばせる。伝わってくる早い鼓動が手のひらを打った。


「固くなってますよ、ほら」
「い、言わなくていい……! 大体、女じゃないんだからそんなとこっ……」
「でもほら、こっちも」


 下を窮屈そうなズボン越しにそろりと撫でると、びくんと背が跳ねる。少々難儀しながら片手でベルトを緩め、前のファスナーを下げてやると、すっかり勃ち上がった彼自身が現れた。


「少し濡らしてしまっていますね……下着、取ったほうがいいですね」
「ばっ……こ、こんなとこで下だけ全裸になれるか! 俺にそういう趣味はない!」
「下だけ全裸、と云うのもおかしな表現ですが……大丈夫ですよ、僕しか見てませんから。露出狂、大いに結構じゃありませんか」
「露出狂言うなぁ!」


 叫ぶと運動場で体育の授業中の人たちに聞こえますよ、と言ってやると、はっと手で口を塞ぐ。その隙にズボンと下着を膝まで引きずり下ろし、耳元で囁いた。


「そのまま声、抑えててくださいね」


 それだけ言ってすぐさま彼の前に跪き、ふるふると涙を零しているそれを口に含んだ。一気に奥まで咥え込み、舌を引っ込めて先端を刺激する。


「ひっ――やぅ、い、きなりぃ……!」
「ん……ふ……」
「い、ああぁあ……あ、や、うあぁッ……!」
「ほら、こ・え」


 咥えたまま喋ってやると、思い出したように慌てて右手の甲を口に押し当てた。ああ、噛んでるなあ。ダメだっていつも言ってるのに。
 空いている方の左手が僕の頭にかかったけれど、引き剥がすでもなくむしろ離させまいとするような力の入れ方に安堵する。舌を絡めながら頭を前後に揺らしたり、先端を吸いながら根元をこすったり、口の中に溜めた唾液を彼のものに伝わせてみたりしていると、髪を掴む彼の力が強くなってくる。


「こ、いずみ……」
「イきそうですか?」


 涙目でこくりと頷く彼に目だけで笑んで、ラストスパートをかけようとすると不意にぐいと額を押された。ちゅぽん、と彼のものが口から抜ける。


「? どうかし」
「っ前も……!」


 ネクタイを掴んで無理矢理立たされる。なんだかんだ云ってそこそこ腕力はあるんだよなあなどとどうでもいいことを考えていると、首に両手を回され噛みつくように口づけられた。僕の咥内に残る彼の味を余さず舐め尽くさんばかりの勢いだ。


「一緒に、イけ……!」


 はあ、と熱い息を吐きながら至近距離で発せられた台詞は、情欲に火をつけるには十分すぎるくらいで。天然なのかなんなのか、煽るのが上手すぎるのだ。迂闊にほかの男の傍にやれないな、なんて忍び笑ってから、


「喜んで」






「は、あぁああッ……!」


 念入りに解した場所に、ずぷり、自らを突き入れていく。先端が入っただけで達してしまいそうな熱さと締めつけに眉をひそめ、ぐいと腰を進めた。


「うあっ! おま、デカいって……!」
「あなたがキツすぎるんですよ」


 立ったまま軽く揺すると露骨な喘ぎ声が上がる。壁際に押しつけて片足を抱え上げ、抽挿を激しくする。とろとろに蕩けた内部が絡みつき、ぐちゅぐちゅと卑猥な水音を響かせる。


「あっ、やっ! や、こいず、立ってらんな……!」
「大丈夫です、支えてますから」


 腰を支え直し、力抜いていいですよ、と額にキスを落としながら言ってやると、がくがく震えていた膝から素直に力が抜けた。途端、嬌声が上がる。


「うああっ! や、深いぃ……ッ!」
「大丈夫、ほら、気持ちいいでしょう?」
「ん、ん、ふぁ、ああっ! は、あんっ!」
「少し声、抑えましょうか。肩、噛んでていいですから」


 誰かに聞かせたりしたらもったいない、とブレザーを脱いだ肩を彼の顔に寄せると、かぷりと噛みついてきた。シャツ越しの吐息が熱くてたまらない。
 自分もはあ、と熱い息をこぼし、彼の良いところにぐりっと自身をねじ込んだ。んーんーと必死に押し殺している声が女のように甲高くて、彼の臨界点を知る。抱えた足の膝の下から腕を通して彼のものを扱き上げると、内壁が生き物のように収縮する。僕も限界が近い。


「くっ、そろそろ、イきそうですか?」
「んっ……一緒、こいずみ、いっしょに……っ」


 熱に浮かされたようにそう口走る彼の唇を深く塞ぎ、最奥を突いた。腹の間で彼の欲が弾け、次いで僕も彼の中に射精する。目を見開いて「あ…あ…」と喉の奥から漏らす彼は、ひどく綺麗だった。







 気持ちいいことが好きで、寂しいのは嫌いで、求められるのが好きだった。それでもいちばんに自分を求める者にすべてを明け渡すことに怯えて、おさなごのように手を伸ばし合った。そんな僕らだった。






 倦怠感に包まれる身体を彼に預け、支えきれずに壁伝いにずるずる座り込む。萎えたものが抜け、白濁が彼の内股を流れ落ちた。こうやって尾を引くのは箒星か、はたまた飛行機雲か、などとつまらない連想をしてみて、自らが吐き出した汚れをそんなふうに喩えていることに思い当たって少し笑った。
 首にしがみついていた彼の手がゆっくりと緩められ、背中の方へ落ちてゆく。中ほどでシャツを掴んで止まった両手が時さえも止めるような錯覚に陥り、みじかく嘆息した。運動場から教師の吹く笛の音が風に乗って耳に届いて、ああ世界は正常に回っている、と欲しくもないのに再確認させられる。わかってるんだ、そんなのは。逃げられやしない。変われやしない。 ただいつも心のどこかで思うのは、もしかしたら終末は神話に描かれるような大仰なものではなく、こんなふうにじわじわと訪れるものなのではないか、と。






「古泉、空が」






 空が落ちてくる、と呟く彼に、僕はそんなことないよと笑いかけることすら出来はしなかったのだ。