「だめです、」


 そう言って俺を押し返す古泉の手のひらはシャツ越しにもひどく熱く、余計に欲を駆り立てた。火のついたそれは俺の瞳の奥でにぶく光っていることだろう。ぐっと腕を掴んで真正面から顔を覗き込むと、視線を逸らすことのできない古泉が目を潤ませた。
 俺たちは救いようのない恋をしている。それは事実だ。それが事実だ。けれども今ここでのリアルはそんな概念的なものではなくもっと即物的な、それこそ性衝動としか呼べないもので、そんなことはきっと古泉だってわかっている。


「あなたはわかっていない、神を裏切ると云うのがどういうことなのか」


 必死に整えた台詞が逃げ水のように揺らぐ。古泉の声はあまいシロップのようで、耳孔から侵入して喉の奥にたまった。俺はごくん、と唾を飲んでそれを堪能する。


「お願いですから、一時の気の迷いで世界を崩壊させるような真似をしないでください」
「気の迷いだと、お前は本気で思うのか」
「思わせて、ください」


 僕はあなたを愛しています、でも僕は世界を愛しているんです。
 古泉がそう言う。
 俺は世界を愛してる、でも俺はお前を愛してるんだ。
 俺はそう答える。
 ずるい、と古泉が呟いた。


「その言葉の重みくらいわかってるはずでしょう。あなたが欲しいと言うのなら、僕はいくらでも差し上げます。けれどあなたは、僕になにひとつ与えてはいけない。それを受け取るのは僕ではなく、彼女です」


 ごちゃごちゃとうるせえんだよ。俺はシーツを引っ剥がし、腕の中の古泉ごとそれにくるまった。
 わかってるよ。お前の言うことなんざ百も承知だ。俺にはお前を守ることはできないってのも苦々しいほどわかってる。でも今はいいんだよ。今はそういうときじゃないんだ。忘れろよ、今だけは。それが無理なら、俺がこうしてお前を隠しててやるから。怖いなら目をつぶっていたっていい。なあ、こんな夜なんだ、あいつだって知りはしないさ。
 やるせない笑みを浮かべていた古泉の表情はくしゃりと歪んで、もう笑顔とは云えなかった。俺はそこに絶望と最上の幸福を見る前に(キスがしたい)と思い、それを忠実に実行した。古泉の唇にも舌にも唾液にも特徴的な味はなく、なのにくらくらするほど甘ったるく感じられたのは、きっと過剰分泌された脳内麻薬の仕業だ。




 弱々しく抵抗する古泉を、俺は半ば強引に抱いた。古泉は溶けおちるような声で俺の理性を侵し、俺たちは何度も吐精した。まっさらなシーツを汚す精液はやはり濁った白だった。ぎゅうと目を閉じた古泉はすがるように俺の背に手を回し、かみさまがみてる、と口走っては泣いた。
 カーテンの隙間から、月がずっと見ていた。